生きていてくれるだけで十分
『ここにいてくれるだけで十分なんです。』生後まもなく細菌性髄膜炎と敗血症を経験し、今は医療的ケアを受けながら中学生活を送るチカさん。医療的ケア児の母であり、そしてPTA会長として、学校や地域と歩んできた日々について伺いました。
「チカちゃんも一緒に」子どもたちがくれた就学の勇気
就学を迎えるにあたり、石川さんが当初思い描いていたのは「特別支援学校一択」でした。家もその近くに建て、「うちはここに通うんだ」と疑いもしなかったと振り返ります。ところが年長の春、最後の思い出にと近くのこども園に通い始めると、子どもたちが「チカちゃん!」と自然に集まり、全力で歓迎してくれました。その姿に心を動かされ、「この子たちと同じ学校に行きたい」と地域の小学校を強く望むようになったそうです。
地域の小学校から就学前健診の案内が届いたときは、「胃ろうのある医療的ケア児が地域の学校に通った前例はない」と不安も大きかったと言います。それでも学校側は「どんどん見に来てください」と迎え入れ、健診の場では周りのお母さんたちも「一緒でいいじゃん」と背中を押してくれました。
『子どもたちの“チカちゃん大好き!”というまっすぐな気持ちが、親や大人の空気まで変えてくれた。子どもの力って本当にすごいと思いました』と石川さんは話します。
生きているぬくもりを感じながら
チカさんは、自分からたくさんおしゃべりをするタイプではありません。だからこそ石川さんは、つい家事や仕事に集中してしまいそうになると、「まずいまずい」とチカさんの隣にゴロンと寝転がり、髪をくるくるいじったり、他愛もない話をしたりする時間を意識してつくっています。いつも横に流しているヘアスタイルも、寝転んだときに後ろで結び目が当たらないように、という小さな工夫から生まれたものです。
思春期に入り、「うるさいって思ってるかも」という空気を感じることもあると言います。それでも「できるときに、触れられるうちに」と、スキンシップを大切にしている石川さん。
『一度“もう生きられないかもしれない”と言われたからこそ、ぬくもりがあるだけで生きているって実感できるんです。触れ合える時間があるだけで十分なんです』と静かに語ります。
林間学校や校外学習では、母としての関わり方も少しずつ変わってきました。小学校の行事には付き添っていた石川さんですが、中学校の校外学習では看護師さんに託し、初めて送り出す側に回りました。「お母さん、中学生だよ」と先生に声をかけられ、涙で見送ったと振り返ります。
『一人だったら抱えきれなかったと思う。でも、わかってくれる先生や友達、看護師さんがいてくれるから、今もこの子と穏やかに暮らせています』。
PTAで広がる大人のつながり ママにも見つかった居場所
チカさんが小学1年生のとき、石川さんは「私もママとして友達をつくりたい」と、育成会の地区役員を引き受けました。家に友達を呼ぶのは難しくても、育成会やPTAで一緒に活動する中で、「ママにも友達ができた」と感じられたと言います。
PTA会長を引き受けたきっかけも、その延長線上にありました。会長選出の役を担っていた保護者が「誰も引き受けてくれない」と涙をこぼしていたのを見て、理由を聞くと「学校に行くのが大変」「兄弟も塾も…」とさまざま。そこで石川さんは、『うちは一人っ子で塾もないし、学校にもよく行っている。話せと言われれば何とか話せる。条件だけ見れば、私が一番やりやすいのかもしれない』と感じ、「じゃあ、私やろっか」と手を挙げました。医療的ケア児の母であってもPTA会長になれる――その前例をつくる意味も、心のどこかで感じていたと言います。
ちょうどコロナ明けで行事がほぼ白紙になった6年生の1年間。石川さんは役員たちと一緒に、「来年につながる最初の形」を少しずつつくっていきました。『支えてくれる役員さんたちの上に、私がちょこんと乗せてもらっている感じでした』と笑いながら、子どもだけでなく大人同士の新しいつながりが生まれたことにも感謝しています。
